FIAT/ABARTH フィアット/アバルト浜松

ブランドについて

フィアット

1899 – 1911

1900年に最初の工場がコルソ・ダンテで開業。従業員150人が雇用され、まだバックギアも搭載されていない「フィアット 3 1/2 HP」など24台の自動車を生産した。1904年、ビスカレッティが手掛けた青背景に白文字で“FIAT”と記した楕円型のロゴマークが採用される。第1回レースイタリアに参戦し、9台のフィアット車が完走を果たす。1902年、初の本格的なレース専用車「フィアット 24 HP」がサッシ-スペルガ間のヒルクライムレースでヴィンチェンツォ・ランチアの運転で優勝する。また第2回レースイタリアでは、ジョバンニ・アニエッリ社長自らが「フィアット 8 HP」に乗り、記録を打ち立てる。

1912 – 1925

1916年、ジャコモ・マッテ・トゥルッコが設計したヨーロッパ最大規模を誇るリンゴット自動車工場の建設が始まる。5階建てで屋上に先進のテストコースまで備えるこの生産工場はイタリア自動車産業の発展の象徴とされ、1922年に完成した。

1952 – 1964

1958年、自動車と農業機械の両分野で急激な需要の伸びが始まる。ミラフィオリ工場の生産ラインを2倍に増やし、海外にも新たな製造工場を設立。この時期、イタリアは好景気で自動車生産が経済を牽引した。1958年、自動車と農業機械の両分野で急激な需要の伸びが始まる。ミラフィオリ工場の生産ラインを2倍に増やし、海外にも新たな製造工場を設立。この時期、イタリアは好景気で自動車生産が経済を牽引した。

 

1965 – 1977

1972年11月、革新的な「フィアット X1/9」を発表する。エンジンは「フィアット 128スポルト 1300」と共通だったが、細部のメカニズムやレイアウトは全く異なり、車体の中央にエンジンを横置きするミドシップレイアウトを採用していた。1971年に「フィアット 850」の後継車となる新しい小型大衆車「フィアット 127」を発表。

1978 – 1990

「フィアット パンダ」と「フィアット ウーノ」
1980年にジョルジェット・ジウジアーロのデザインによる新しい乗用車「フィアット パンダ」が登場する。さらに2年後には「ウーノ」が誕生。ウーノは電気系統、内装素材、低公害エンジン“1000ファイア”など多くの技術革新を遂げ、当時のフィアット オート S.p.A.を象徴するモデルとなった。1989年には人気モデル「フィアット ティーポ」が誕生した。共通のプラットフォームから複数の車型を生み出す独自の生産工程を取り入れた先進性などが評価され「ヨーロッパ カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。

1991 – 2003

1990年に4ドアセダンの「フィアット テムプラ」がデビューし、翌年の1991年にはFFレイアウトの「フィアット 500」が登場した。さらにその2年後、1993年には初代「フィアット プント」(1995年にカー・オブ・ザ・イヤー受賞)と、「クーペ フィアット」が続いた。クーペ フィアットのデザインは、ピニンファリーナとフィアット・チェントロ・スティーレ(フィアット・デザインセンター)が手掛けた。

2004 – 2007

「フィアット イデア」はフィアット初のMPVというだけでなく、フィアット・デザインセンターが手掛けた新しいロゴマークを装着して登場した。会社設立100周年を記念して新しくされたそのロゴマークには、カーライフをより快適にする技術や知性を追求していく、フィアットの新たな変革の意思が込められた。

「フィアット 500」の最初のモデルが発表されてからちょうど50年目に当たる2007年7月4日、「フィアット 500」の新型がトリノでデビューした。新型「500」は小型車で初めて自分好みのカスタマイズを実現し、50万種類以上から自分好みのバリエーションを選ぶ楽しみをユーザーに提供した。発売以来、ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー2008をはじめ数々の賞を受賞。また「500 by GQ」や「500 by Gucci」「500 by Diesel」などの数々の限定車を設定した。

2008 –

2012年夏に車体を大型化した「フィアット 500L」の登場以後、広い居住空間とアドベンチャーの雰囲気を持つ「500L トレッキング」、シリーズきっての機能性の高さを誇る「500L リビング」など、「500」シリーズのラインアップは拡大している。これらのモデルはすべて、クールで若々しく、エネルギーに満ちたスタイリングや、大胆さ、広いスペースという「500」シリーズに共通する特徴を持つ。

アバルト

蠍のエンブレムが輝くそのクルマに宿るのは、イタリアの熱い情熱とクラフトマンシップ。創業者であり偉大なエンジニアでもあるカルロ・アバルトの名を冠するということは、第一級の走りの資質を備えるということ。そして速さと共に、美しいデザインを兼ね備えるということ。魅惑の「アバルト・マジック」に、あなたも触れてください。

伝説の始まり

カール アバルト(Karl Abarth=後のカルロ アバルト)の歴史は、レースとチューニングの世界における成功の道のりといえる。

子供の頃から身の回りにある道具で遊んでいたアバルトが一番興味を抱いたのは、エンジンの世界だった。彼はその世界において、自らの才能と溢れ出る情熱を、素晴らしき革新のために注ぎ込んでいった。いつしか職に就く年齢に達したアバルトは、ほとんどの時間をサーキットとファクトリーで費やすようになり、休憩もとらず身近な人たちとの関係を犠牲にしてしまうほど、その熱の入れ方は想像を超えていた。

1970年代

この時期になると、アバルトの名は一般の人々にも広く知られるようになっていた。
そして、会社のイメージはカルロ アバルトの性格を完全に反映していた。しかし、優勝トロフィーや特許の数が増えていく一方で、資金は不足するようになっていた。

レースやチーム運営において、多額の資金を必要とするモータースポーツの世界で、利益よりも勝利を目指した「アバルト流」の経営の結果、カルロはついにフィアットとの完全合併を決意するのだった。そして、アバルトとして歴史に残る最後の名車を製作することになる。

サソリのエンブレム復活

情熱的なモータリストの心に生き続けるアバルト伝説に、いま新たな1章が加わることになる。サソリは新たなロゴ、新たなクルマ、そして新たなキットを身にまとい復活したのだ。

伝統を踏襲した、変わることのないアバルトの魂には、明るい未来が待ち受けていた。

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フィアット / アバルト浜松

フィアット / アバルト浜松

〒435-0005 静岡県浜松市東区安新町283-1
営業時間:10:00 〜 19:00
定休日:月曜日